************************************

初期の虫歯は削らず治せる  歯科医師 熊谷崇57(山形県酒田市)

 今年も学校歯科健診の季節がやってきたが、現場の歯科医師として残念なのは、「早期診断、早期治療」という誤った考え方が、 今日も依然として関係者の間に残っていることだ。虫歯はいったんできると、自然には治ることはないと考えられてきたためだ。 だから、学校歯科健診では、先の細くとがった「探針」で、目に見えない初期の虫歯を触診で見つけ、早期治療を勧めるのが一般的だった。
 しかし、この三十年間の歯科医学の進歩で、考え方は大きく変わった。初期の虫歯は、 削らずに治すことを優先すべきだとされるようになってきた。歯質を強化するフッ化物の使用や口内を清潔に保つことなどで、 だ液中に溶けだした歯の成分が再び固まる「再石灰化」という現象が促され、自然治癒することが確認されてきたためだ。
 加えて、近年、探針の不適切な使用が、初期の虫歯でもろくなった歯質の破壊を促し、 細菌感染を起こしてかえって虫歯を助長することも指摘されている。今年に入り、日本口腔衛生学会も、 健診時の探針使用は避けるべきだとの考え方を打ち出した。
 私の地元の酒田地区では、探針をもちいない学校歯科健診を約十年前から実践している。さらに、 親たちにも虫歯にしないための予防治療の重要性が理解され、かかりつけの歯科医師に定期的に通う子供も増えてきた。 その結果、小学六年生の一人あたりの虫歯の数が、十年前の4.9本から、現在は1.1本まで激減した。 永久歯の虫歯が一本もない子の比率も10%から55%まで増加している。
 このような取り組みが全国に広まり、多くの子供たちから虫歯がなくなり、健康できれいな笑顔があふれる日を待ち望んでいる。

読売新聞2000年6月30日「気流」より


************************************

すぐ削る歯科医はなぜ多い  会社員 高松綾子35(埼玉県川口市)

 「初期の虫歯は削らず治せる」(6月30日)という歯科の先生の投書を読み、やはりそうだったのかと思うと同時に、 大きなショックを受けました。娘が虫歯を削って詰めるだけの治療を受けてきたからです。
 娘は、昨年の小学五年生の学校歯科健診で虫歯を指摘され、近所の歯科医院で治療を受けました。 その際、全く目では認識できないほどの虫歯まで削られ、銀合金を詰められたことに疑問を持ち、図書館の本で調べてみました。 すると、ごく初期の虫歯なら、だ液中のカルシウムが固まる「再石灰化」という現象で、 削らなくても治癒することがあることを知りました。
 娘は今年の学校歯科健診でも虫歯の治療勧告用紙を渡されましたが、虫歯の具体的な個所は教えてもらえませんでした。 歯科医院に行き、今度は「初期の虫歯なら削らないで治したい」と申し出たのですが、 「虫歯は削って詰めるしかない」と一笑に付されました。
 「削って詰めると、その隙間からまた虫歯になるのでは」と質問しても「きちんと歯磨きすれば大丈夫」と言われました。 娘は結局、また歯を削られ、銀合金を詰められました。
 なぜ「削って詰めるだけ」の歯科医が多いのでしょうか。歯は一生使うものです。最新の情報をもち、 治療より予防に力を入れる歯科医に診療してもらっていたら、娘の歯は無駄に削らずに済んだのでは、と悔やまれてなりません。 こんな思いを持つ方も少なくないのではないでしょうか。

読売新聞2000年7月12日「気流」より


************************************

虫歯予防にもっと力を入れて  歯科医 原田幹夫39 (千葉市)

 「すぐ削る歯科医はなぜ多い」(12日)の投書を読み、  虫歯予防に力を入れている歯科医の一人として疑問にお答えしたいと思います。
 歯科医院は、医院によってレベルに差があり、勉強不足の歯科医が多いのも事実です。 投書された方は「きちんと歯磨きすれば大丈夫」と歯科医に言われたとのことでしたが、 歯磨きだけでは虫歯予防ができないというのが歯科界の常識なのです。
 実際、日本は世界の中で最も歯ブラシが売れている国ですが、主要国の中でも日本人は歯が悪いというのは有名な話です。
 歯磨きだけに頼らない虫歯予防に力を入れている歯科医院は、インターネットで探すこともできますが、もっとよい方法があります。 それは、歯科医院に電話をして「だ液の検査をやっていますか」と尋ねることです。
 予防に力を入れている医院では、必ずといっていいほどだ液の検査をしています。だ液の量や成分を調べることで、 虫歯になりやすい危険度がよく分かるからです。血液や尿を調べると、体の健康状態が診断できるのと同じです。
 だ液の検査は、保険のきかない自由診療ですが、結果に基づいて、それぞれに合った虫歯予防対策が選べます。 予防に関する知識がもっと広がってほしいと思っています。

読売新聞2000年7月 「気流」より


************************************

学校歯科健診「探針での触診は虫歯助長」使用の良否見極めて

 目に見えない初期の虫歯を「探針」を使った触診で判定する学校歯科健診のあり方を批判する「初期の虫歯は削らず治せる」 (6月30日)の投書に、歯科医の現場からも賛否の声が届いている。国際的にも、 探針の使用は歯の自然治癒力を妨げる恐れがあるとして弊害を指摘する声があり、日本の学界でもこれを認める見解が出てきたが、 日本学校歯科医会(日学歯)や文部省は「探針は必要」といっている。
◆ 虫歯が激減
 日学歯(会員約二万四千人)が学校保健法に基づいて定める健診マニュアルでは、目に見えない初期の虫歯の判定には、 先端のとがった「探針」を使うことを明記している。歯の溝やくぼみの部分をつっ突いて粘性(スティッキー感) があれば要観察歯(CO)で、歯の中に探針がすぽっと入れば虫歯(C)という基準になっている。
 しかし、問題提起の投書を寄せた山形県酒田市の歯科医、熊谷崇さん(57)は、小学校で年二回行う健診の際に、 十五年ほど前から探針を使わず、目でチェックする「視診」を中心にすることにした。最近は、 レーザー光を使った虫歯の測定器も導入した。「探針の使用が歯質の破壊を促し、虫歯を助長することがある」と考えるためだ。
 近年の研究では、虫歯は細菌による感染症で、口内では歯が溶ける「脱灰」と再び固まる「再石灰化」 が繰り返されていることが分かってきた。熊谷さんは、再石灰化の妨げになる探針の使用をやめ、 再石灰化という現象を利用して虫歯を自然治癒させる必要性を訴える。
 健診方法を改めた結果、熊谷さんが九十七年から担当する酒田市立松陵小学校(児童数約四百人)の六年生の虫歯平均本数 (DMFT)は、一九九二年に四・三本だったのが、九九年には0・七本に減り、全国平均の二・四本を大きく下回った。 虫歯が一本もない児童の割合も73%に達した。
 探針の使用をやめたほか、再石灰化を促進するフッ化物でのうがいを勧め、 保護者への虫歯予防のレクチャーなどにも力を入れてきた結果という。

◆ 学会も見直し提言
 探針の使用については、歯学研究者らで作る「日本口腔衛生学会」も、海外の論文を検討してきた結果、今年1月、 「先端の鋭利な探針の使用を避け、視診を中心にすべきだ」との見解を打ち出した。一九六〇年代後半から欧米諸国では、 探針使用の弊害や精度の低さを指摘する学術論文が出され、先進諸国では探針を使わない視診が主流になってきたという。
 同学会のメンバーで、見解の作成に携わってきた新潟大歯学部の宮崎秀夫教授(予防歯科学)は「探針使用の問題点を理解して、 使わない歯科医が増えてきたと思う。探針を使った診断方法は見直しの時期に来ている」と話す。

◆ 「弊害データない」
 これに対し、日学歯の森本基常務理事は「探針に代わる有効な手段がないのが現状で、 探針を使って害があったという科学的データはない」と反論する。
 しかし、日学歯は十年ほど前から、探針での触診圧を「50―250c」にとどめるように規定し、 "ひっかき過ぎ"に注意を促している。「それ以前は1`くらいの圧をかけていたが、再石灰化のメカニズムが分かってきたため配慮した」 (森本常務理事)と、探針の問題点は暗に認めている。
 学校保健法を所管する文部省学校健康教育課は、探針の使用について「現在も100%強制しているわけではない。 論議があることは承知している。専門的提言があれば健診の在り方を見直す」と話している。
   ◇ ◇ ◇
 熊谷さんの投書に対する反響は子供の歯の心配をする母親からも多く、 「『虫歯は治らないから』と言って目に見えない虫歯まで何でも削る歯科医は勉強不足では」(宮崎県の主婦) など歯科医療の現状への不満が目立った。
 虫歯の「早期発見、早期治療」の方針に基づいて探針を使う健診法は一九六〇年代に確立された。しかし、歯学研究の進展に伴って、 探針の使用に疑問の声が出ている以上、日学歯や文部省は最良の方法を検討する必要があるのではないか。 患者の立場に立った歯科医療のあり方そのものが問われている問題に思われる。(川崎英輝)

読売新聞2000年7月23日 「来信返信反響を追う」より


************************************

健康保険も「予防」重視に  歯科医師 鈴木一郎41(東京都小平市)

 「来信返信 反響を追う」(23日)では、学校歯科健診で触診に使われる「探針」について 「歯の自然治癒力を妨げ、虫歯を助長する恐れがある」との指摘があることを紹介し、その使用に疑問を投げかけていましたが、 要は「疾病予防」の重要性を訴えたものだと思いました。私も同様の考えですが、予防に力を入れていくためには、 健康保険制度において、個々の疾病のとらえ方や個人の保険負担率について考え直すべきではないでしょうか。
 歯科に限らず、現在の健康保険制度では、支払い対象のほとんどが「治療」に割り当てられ、 「予防」の処置や指導に対する割り当てが大変薄いのが現状です。
 一昔前までは、疾病の原因や予防法があまり解明されておらず、 疾病にかかるのは不幸な事故と同じという考え方に基づいて保険制度ができたわけです。しかし、現代では、 多くの疾病の原因や予防法が科学的に明らかになってきた以上、保険の支払いの配分も「予防」重視に見直すべきだと思います。
 そもそも、疾病の予防に積極的に取り組んでいる人と、 全く健康管理をしていない人が同じ料率で保険料を徴収されているのも、果たして平等と言えるか疑問に感じます。 自動車保険でも事故を起こさなければ、保険料は安くなります。
 虫歯をはじめとする疾病の予防は、医師が一方的に施すものではなく、 患者さん自身がその必要性を理解してともに進めていかなければ成果は上がりません。だからこそ、 それを実行した双方が利益を得られるシステムが必要だと思います。
 そうならない限り、「金もうけ主義のひどい医師がいる」「健康管理が出来ていない患者が悪い」 といった不毛な論争もなくならないでしょう。
 虫歯を助長しかねないと思われる「探針」の扱い方は、日本の歯科医一人一人の使命感、倫理観にかかわった問題であるのは明白です。 しかし、この問題の背景には、先ほど述べた理由で歯科でも「予防」よりも「治療」が優先されている実態があるのです。 現在の保険制度に疲労が起きているというのが、日々の診療現場の実感です。

読売新聞2000年7月28日金曜日「発信」より


************************************

カルテに顔写真添付しては 自由業 青木孝躬64(東京都新宿区)

 手術に際して患者を取り違える事故が発覚して問題になっている。私も大病院で診察を受ける時は、 カルテが自分のものであるかどうか心配なので、カルテをのぞきこむことにしている。
 医師がいくら本人に確認しても、同姓同名の場合もあるだろうし、患者側も聞き間違えていい加減な返事をすることもあるだろう。 まして、患者の年恰好が同じであれば、まぎらわしい場合も少なくないだろう。
 そこで、カルテには必ず患者本人の顔写真を添付することにしてはどうだろうか。今はデジタルカメラも普及して、 即座に印刷もできるのだから、たいした手間も費用もかからないのではないか。本人確認には有効な手段だと思うが、 医療関係者には前向きな検討をお願いしたい。

読売新聞2000年9月6日「気流」より


************************************

診察アンケート
     4人に一人一時間以上待ちなのに…「10分未満で終了」6割

 病院の外来患者の4人に1人が診察まで1時間以上待たされ、診察時間は6割以上が10分未満であることが8日、 厚生省が公表した患者からのアンケート調査でわかった。待ち時間が3時間以上と答えた患者も1.4%いた。
 この調査は昨年10月、全国の639病院を利用した患者を対象に行い、約19万人の回答を病院規模に分けて集計した。
 それによると、外来患者の待ち時間が1時間以上は25.0%、30分未満は36.8%だった。 1時間以上の待ち時間と答えた人の割合を病院の規模別で見ると、大学病院などの特定機能病院が33.3%、 中病院(ベッド数が100から499)が30.4%、大病院(同500以上)が29.9%。
 外来患者の診察時間は、3分未満が17.6%、3分から10分未満が48.3%で、69.5%の患者が10分未満だった。 カルテについては、外来患者の64.0%、入院患者は55.0%が「知りたい」と答えた。

読売新聞2000年9月9日